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(2001. 2.28)

子どもが嫌いな貴方に。


思い通りにならない子ども

虐待の連鎖を知って

赤ちゃんも、個性を持った「1人の人間」

乳幼児に必要なのは「罰」ではない

体罰は「躾」か、「虐待」か

一人で悩まないで


思い通りにならない子ども

貴方にとって「子ども」はどういう存在ですか?
他人の子は嫌いだけど、自分の子は別だと言う人もいれば、
自分の子であっても、どうしても好きになれない人もいるでしょう。
「子ども」って、絶対に自分の思い通りには育ってくれない。
こっちも人間ですから、腹が立ったり憎たらしく思ったりもするでしょう。
まだ抵抗する力もない子どもを相手に、ひどい仕打ちをしてしまう人もいます。

私は保育という仕事を通して、様々な子どもへの虐待に触れてきました。
子どもを虐待してしまう親や保育者はたくさんいます。
そして、虐待しているという認識があるのに止められない場合と、
自分のしていることが「虐待」だという自覚がない場合があります。


虐待の連鎖を知って

虐待している大人に「自分は虐待している」という認識がある場合、
つまり、いけない事だとは思うけれど
子どもに辛くあたらずにはいられないという事ですよね。

子どもを虐待している大人には、
自分も「かつて虐待されていた」という経験があります。

体罰がすべて悪、ただ優しく甘えさせてあげる事が善、とは言いません。
自分の子どもにさえ手をあげられない、という事が
=強く叱る事ができないという事であるなら、
それもまた悪だと思います。

ただ、貴方がそうであったように、
貴方が育てた子どももまた、将来子どもを虐待します。
今からでも遅くはありません。
この連鎖を断ち切るためにできる事を考えましょう。

では、自分のしていることが「虐待」だという自覚がない場合、
それはつまり「躾」だと思っているという事ですよね。
色々な考え方の人がいます。そういう考え自体を否定はしません。
でも、一度、こういう考え方もあるのかなって、見てみませんか?
体罰=絶対悪か、ということも含めて、一緒に考えてみてください。


赤ちゃんも、個性を持った「1人の人間」

まず、最初に理解して欲しいのは、
たとえどんなに小さな赤ちゃんでも、個性を持った「1人の人間」だという事。
決して大人の所有物ではありません。
確かに、大人の保護がなければ生きていくことすらできないけれど、
それでも、おなかに宿ったその日から、
もうすでに「母親とは違う」「別の存在」なのです。

「1人の人間」である貴方が、(それが、たとえ親でも)
自分以外の誰かの言いなり(=思い通り)にはなりたくないように、
子どもは、(たとえ貴方の血を分けた子どもでも)
貴方の思った通りに育ってはくれないものなのです。
それはもう「仕方のない事」なのだと、思う他ないのです。

それでも、大人には子どもを育てる義務があります。
思い通りにならないからと言って、育てない訳にはいきません。
育てるからには、自分の言う事を聞いて欲しいのは当たり前。
だって、「良い子に育って欲しい」と誰もが願っていのですから。
だからこそ、貴方の心の葛藤や、怒り、悩みも、大きくなるのです。

子育てに、悩みは付き物。
色々な壁にぶつかるのは貴方の育て方が悪いからでもないし、
ましてや子どもが悪いからでもありません。
みんな同じように悩んでいます。
そういうものなのだと、理解してください。


乳幼児に必要なのは「罰」ではない

赤ちゃんは生後半年ぐらいになると「禁止」が分かるようになります。
でも、最初は「ダメ!」「危ない!」などと、止められて、
その時のその行動をやめる事が出来るようになるだけで、
次もまた同じ行動を繰り返します
まだ、過去の出来事と現在の状況を、結び付けて考えられないからです。
だから、乳幼児には、まだ「お仕置き」「懲らしめ」などが理解できません
乳幼児に必要なのは「事後」のではなく、「」の制止や禁止なのです。

そうは言っても、生まれたばかりの赤ちゃんには言葉が通じません。
当たり前の事ですが、それが大人のストレスになる事が多々あります。
それが子どもへの虐待につながる事も。

「どうして何度言っても分かってくれないの?」
・・・子どもは何度か言ったぐらいでは分からないものです。
分かってくれないのは、貴方や子どもが悪いからではありません。

でも、何を言っても分からないからと、
何も言わなかったら、いつまでたっても分かってはくれません。
今は分からなくても、今、繰り返し言う事で、
いつか分かる日が必ず来る
と信じてください。
何度言っても分からないと嘆くのではなく、
前に言った事は忘れて、もう一度言いましょう

もし、その時に貴方が手をあげて叱ったら、
子どもは「その時」はすぐに言う事を聞くでしょう。
でも、叩かれても、また次に同じ事を繰り返します。
子どもに言い聞かせる時、叩いた方が手っ取り早いからといって、
安易に叩く事を繰り返すと、子どもは、叩かれ慣れてしまいます。
つまり、少々叱ったぐらいでは動じず、叩かれないと聞かなくなるのです。
だから貴方は、些細な事でさえ厳しく叱り付けないと言い聞かせられなくなり、
その悪循環は、容易に止める事は出来ません。

逆に、身に危険を及ぼす事(誤飲、飛び出しなど)や、
他児に危害が及ぶ事(噛むなど)は、
怒鳴る、手やお尻を叩く、鬼のような顔でにらみ付ける等して、
なんとしてでも阻止したいですね。
でも、これも、普段はそんな叱り方をしないからこそ、
子どもも「ただ事ではない気配」を察してくれるのであって、
いつもいつも鬼のように叱ってばかりいる人がしても効果はありません。


体罰は「躾」か「虐待」か

私は思います。
体罰が躾に不可欠だと思っている方の育てていらっしゃるお子さんは、
きっと、もう、叩かなければ言う事を聞いてくれないのでしょう。
そういう子どもに、どうしても言い聞かせなければならない事がある時、
叩くより他ありません。そしてこれはれっきとした「」であり、
虐待」であるとは言えません。

また、貴方が子どもの身の危険を防ぐために手をあげたなら、
それも、もちろん虐待ではありません。

けれども、考えてみてください。子どもを叩いている時の貴方の気持ちを。
「言う事を聞いて欲しい」と、子どもの成長を願う気持ちより、
言う事を聞かない子どもへの怒り苛立ち憎しみ嫌悪の方が大きいのでは?

貴方が手をあげる時、度を越えた場合や(叩く→殴る、蹴る、つねる)、
場所によっては(手やお尻ではなく頭や顔なら)、やっぱり
それは虐待になるのではないでしょうか?
そして何より、憎しみを込めて手をあげたなら、
たとえそれが躾のためであったとしても、虐待であると私は思います。
子どもには、それがいけない事だとは伝わらず、ただ恐怖が残るだけです。

でも、子どもが大きくなって、
自分と同等、もしくは子どもの方が力も強くなった後なら
多いに殴り合って良いと思います。それも虐待なんかじゃありません。
真剣勝負です。


一人で悩まないで

人間は弱い生き物。
貴方だけが悪いわけでも、子どもが悪いわけでもありません
貴方が子どもに辛くあたるのはどんな時ですか?
貴方にお願いがあります。
今度子どもにキレそうになったら、
とりあえず、何があったか私に教えてください。
不満グチをメールで、もしくはこのホームページの掲示板を使って
思いっきりぶつけてください

また、育児の悩みを一人で抱え込んでしまうと
子どもに接する時に心のゆとりを持てなくなってしまいます。
育児の悩みで病んだ心が虐待の原因になる事もあります。
子育てサークルに入って、相談できる相手を見つけるのも一案ですが、
時間がない、勇気がないetc・・・で、それが無理なら
その不安悩みをメールで、または掲示板で、
すべて吐き出してしまいましょう

貴方がどこの誰なのか分かりませんから、
どんな事を書いても、貴方が誰かに責められることはありません。
ただ、子どもに気持ちをぶつけるのは、今日一日だけ待ってください。

メールはここから     育児相談掲示板


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